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2008.10.26

『ハツカネズミと人間』について補遺

ハツカネズミと人間


「家のことを話してくれ、ジョージ」
「うん。小さな家に住み、
自分たちだけの部屋を持つ。
小さな丸い鉄のストーブ。
冬になるとそれに火を燃やしつづける。
土地はあまり広くねえから、
あくせく働かなくてもいい。……
それに、これは自分の土地だから、
だれもおれたちを追い出せねえ。
いやなやつがいたら、
〈出て行きやがれ〉と言やあ、
それでもう、そいつは追い出せるんだ。
友だちがやって来たら、そう、
余分の寝床を作っておいて、
〈まあ一晩泊まってゆけや〉と言やあ、
どうだい、そいつは泊まっていく」

「ハツカネズミと人間」というタイトルは、
次の詩の最初の部分。

ハツカネズミと人間の このうえもなき企ても
  やがてのちには 狂いゆき
あとに残るはただ単に 悲しみそして苦しみで
  約束のよろこび 消えはてぬ

まあ、その詩の存在を知らないまま読んでいると、
子供ぐらいの知能しかないレニーが
いつも小動物をなでるのが好きで、
物語の最初、ハツカネズミを手に持ち、
やがて農場では生まれたばかりの子犬、
そして夢に見る自分の農場では
ウサギを飼うことに執着する、
その程度の意味なのかなあと思ってしまうが。
確かに、この物語では
それぞれのペットが
大きな意味を持っていることは確かだけど。

ついでに、「ショーシャンクの空に」の
原題は「リタ・ヘイワースとショーシャンクの救い」
(redemptionだが「贖い」までの意味は作品にはないだろう)。

「一度アンディーに、
あんたにとってポスターはどんな意味があるんだと
きいたことがある。……
『自由。……たぶん、いつか
わたしのいう意味がわかるときがくるよ』」

この2作品を並列したのは、
どちらも奴隷状態の中で
希望を語りながら
エクソダス(出エジプト)をめざす物語だけど、
一方はさわやかなハッピーエンド、
他方は深く現実を考えさせられる悲劇だからだ。

スティーヴン・キングは
『アトランティスのこころ』の中で
エスパーのおじいさんに
こんなことを語らせている。

「最初にスタインベックを読みたまえ。
レニーがずっとききたがっていた物語を
レニーに語りきかせるとき、
ジョージは”おれたちみてえな連中”という。
”おれたちみてえな連中”とは何者か?
スタインベックにとっては何者だったか?
きみにとっては何者か?
自分にむかって問いかけてみたまえ」

それは、僕のこと、ではないですか。

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